指導方法の移り変わり



起きて時計を見る。
10時58分。うん。遅刻。つーかなんで俺はスイッチが入ると12時間くらい平気で寝るのよ。よくわかんない。目覚まし止めて爆睡なんてクソにもほどがありますよ。あ〜あ。
店に着いて店長に「遅刻すんなボケ!」と言われてオープンの奴らの構成を見たら新人ばっかり。何これ。新人が3人もいるじゃないですか。ヒマだからよかったけど、電話も出れない赤ちゃんたちを統率するのはおいらなんですよ。勘弁して頂戴!
とりあえずなんか知らないけど新人ばっかりのせいか俺が遅刻したからか単に虫の居所が悪かったのか店長の機嫌が悪い。ちょっと新人の声がちっちゃいだけで「サクマ!サトウ!声が聞こえねーよ!」とお怒りになってらっしゃる。多分これは指導方法の変換をしようとしてるんだね。あっという間に店内はギスギスした雰囲気に。
店長は器の小さい人間だ。新人がいっぱい居る時に店内をいい雰囲気にするように心がければ、店長の人心掌握は半分成功したようなもんだし、信頼される店長になるのに。俺が店長に叱られた奴をフォローすればするほど、新人の中で店長<俺という信頼度にシフトしていってゆくゆくはバイトVS店長という構図になってしまうのに。
信頼される店長ではなくて、畏怖される店長になりたいのかどうか知らんが、そういう店長になりたいのであれば、先に制圧するのは俺たちベテラン。「ここの店長、怖いから」と説明させるくらいのプレッシャーを俺たちに先に与えなきゃいけないし、今現在、俺たちは「ここの店長、ビール腹でウザイから」と説明しているくらい店長に信頼を置いてない。今更「怖い店長」なんて昔の考えはとうに消えてますからねぇ。俺たちは奴の心変わりというか指導方法の変化を知っているだけに「信頼できない店長」として店長と接しているからだ。まぁ俺が新人だった頃に比べればまだマシだが、もしかしたらあの頃の自分という奴を思い出して仕事をしているのかもしれない。
昔はもう怒りに怒ってた。なんかミスすれば怒られて、店内でちょっと喋っただけで怒られて、掃除が汚いと言っては怒られた。おかげさまで俺はガソリンスタンド時代の適当な仕事っぷりを改め、真面目に今となっては考えられないくらいに働いた。はたから見れば真面目に働いていたのだから成功したとも取れなくは無いけど、実際不満はハンパじゃなかった。「こんなの教えてもらってないんだからそこまで怒る必要ないのになぁ」と愚痴をこぼしたものだ。2人の人間が同じミスをした時の怒り方の違いも腑に落ちなかった。「なんで俺だけこんなに怒られて、他の奴は一言言って終わりなんだ?」とかなり不満気に仕事していたのをよく覚えている。だから仕事が同期の中ですぐに出来るようになったし、信頼される人間になるのに時間はかからなかった。
それから同じような指導法でいろんな奴を教えていたが、悲しいかな人は次々と辞めていってしまったので新しく入った人間に優しく優しく教えるようになった。「そんな優しく教えても仕事出来ない奴が出来るだけで結局は俺たちが怒らなきゃいけなくなっちゃうのに・・・」ということになって、結果的には「信頼できない店長」というレッテルを貼られたまま現在に至る。そういう関係なのに、新人がいっぱい入ったからってスパルタで育てようとしてもダメ。誰もついてこないよ。
一貫した新人教育、店の雰囲気の作り方を自分なりに持っていればこういう風に指導方法の変更などしないであろう。動く人数だけを見て、「これだったら人一杯だから使える奴を育成しておこう」と優しい店長から怒れる店長に戻したところで、そもそも俺が真っ直ぐに育ってないし、たぶん新人達も真っ直ぐは育たない。バイトたちとこれから店がどうなんのかを店長としてどう考えてるかとかも話し合ったりしないから自分の独断でなんでも決めちゃう。俺たちが今、こうやって残っていい仕事をしているのは君の功績でもなんでもなく、俺たちが人間力の高い人間だったからだ。そういうことも分からずに人が増えたからって昔の指導法に戻すようでは、俺は店長を「小さい人間」としか評価できない。
俺たちが辞めた後、店がどうなるのかわかんないけど、この様子では混沌極まりない店になっていくんだろうなぁ、とコーヒー牛乳を飲みながら思う土曜の午後。