客大全



うちの店の仕事に彩りと憎悪を提供してくれるお得意様。そう、今日は客です。我々は客の自宅まで行って接客するから客の人間性であったり、家の構成、家族構成などいろんな要素から「特徴のあるお客」へ皆の頭のデリバリー手帳にインプットされるのです。そんな「特徴のあるお客」のごく一部を公開しましょう。


たついち
注文回数が250回を超え、総注文金額がこの前100万を突破したピザ大好きたついち。デリバリーの間では「たついち」でコードネーム化されており、家に行くといつもたついちの「いつもありがとね。少なくてごめんなさいね」という彼なりの気遣いに心を打たれてきた。あんたが注文少なかったら他の人は一体どれくらいピザを食べれば一杯食べたことになるのさ!玄関の左に謎の箱があり、汚れた軍手と新聞広告で何故か隠蔽されている。また、家族構成なども謎に包まれており、デリバリーの中にたついちの家族を見た奴は居ない。注文回数トップを独走しながら、謎もトップを爆走中である。


はなうえ一家
隣町の居酒屋の路地を抜けていくと、街灯の無い、窓ガラスの割れた家がある。当然インターホンなど無いので「お待たせしました〜!」とノックすると真夏でも真冬でもオムツ姿の双子(はなうえ1号2号)が出迎えてくれ、「ピザだ〜!ピザだ〜!」と大喜びする。テリヤキチキン以外の注文をすることが全く無く、玄関の奥にあるシンクは洗い物が無数に点在している。また、1号2号にピザを渡すとそいつらの姉らしき人間がお金を用意して待っている。唯一俺だけ母親を見ており、それ以外の人間はオムツと姉以外の人間を見たことが無い。「難民はなうえ」や「テリチキ兄弟」など様々なコードネームで呼ばれていた一家は昨年夏から突然注文がぱったり来なくなって「一家離散じゃね?」「凍死だろ」「栄養失調じゃねーの?」と様々な憶測を呼んでいる。とあるデリバリーがピザを届けた後に借金取りがドアを叩いていたという情報もあり、俺は「夜逃げ」とこの家族から注文が来なくなった理由を推測している。


わくさん
踊る大捜査線の刑事と同じ発音の山の上のおばさん(漢字は違う)基本的に平日のオープンの直後に頼んでくる。それはいいのだが、家につくと歩行バランスのおかしい太りすぎたおばちゃんが我々を出迎えてくれる。「これがわくさんか!」と新人は身震いし、ベテランは「相変わらず太りすぎだ・・・」と感心している。ピザは彼女にとって主食なのかそれともおやつに過ぎないのか我々デリバリーの間で注文が来るたびに推測がなされているが、どれも推測の域をでない。


ナリタ
山の上の精神病棟から電話してくる、障害者のおじさん。注文の発音は慣れたものにしか分からず、電話を取った新人は大抵「この人、何を言ってるのか分かりません・・・」と悲鳴を上げる新人殺しの男。一番安いピザをこよなく愛し、22時以降というラストの時間帯に電話してきていたので嫌われていた。俺の機嫌が死ぬほど悪い日に注文持って行って、ピザを渡したら「○×□△%!!」と意味不明の叫び声で俺をなぜか罵り、扉をバタンと閉めた瞬間俺は人生サービス業オンリーでやって来た中で初めて客の目の前で激怒。「ふざけんじゃねぇ!!」と扉をガン!!と蹴って、帰ろうとしたら中から「いつもすいません、もっと早く頼むように言っときますから!」と若い兄ちゃんが出てきて俺も謝った思い出がある。ちなみにそれ以降パッタリ注文してこなくなった。「バズー!バズー!(一番安いピザのバジー)」と奇声を張り上げていた男は朝鮮人の底なしの怒りで、伝説となった。


まっちゃん
「あっこ、ホラここのアパートの202!超臭くね!?」「あー俺も行ったわ。生ゴミと汗の臭いな!」悪臭の客の代表格、まっちゃん。電話口ではソプラノを響かせながら、行ってみると生物学的に人間が受け付けない悪臭を漂わせて豚が出てくる。家の中にはゴミが散乱しており、大体がピザ屋のゴミ。基本的にこいつの家に行った人間は「うわぁまっちゃん家から帰ってきた〜!」と小学生のようにいじめにあう。大学生とも予想されているが、家の中はゴミだらけなので推測も難しい。1回まっちゃん家に持って行くラザニアにパセリかけようとしたらふたが外れてパセリだらけにしてしまったことがあり、店長に見つからないように持って行ってパセリを除去しようとしたらひっくり返って地面に落下した苦い思い出がある。謝ったら笑顔で許してくれたので俺の中では善人。でも臭い。